2007年04月19日

ラジオな彼女を愛してた

恥ずかしい作品をさらせと言われたので
期間限定でさらしてみます・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 幸せな時間っていつまでも続かないことは分かってる。
 だって、いつまでも続いたら、それは『幸せ』じゃなくて『日常』になってしまうだろ?
 だから幸せっていつまでも続かない。続かないからこそ『幸せ』って思えるんだと思う。
 だから幸せって終わりが来るんだ。

 でも、こんなに唐突すぎなくてもいいじゃないか。

 ◇

『由里奈が死んだ』
 そのしらせはあまりにも唐突で。
 そのしらせを受けて向かった遺体安置所。
 そこにあったのは泣き崩れる由里奈の親御さんと妹。呆然と立ち尽くす友人。
 そして、簡素な台に横たわっていたのは、
 俺が最も愛して、そして愛された大切な人の変わり果てた姿だった。
 
 由里奈は高校の同じクラスの同級生で、俺の彼女。
 肩下まで伸びる長くてつややかな黒髪とおとなしそうに見えるその容姿とは裏腹に、明るくてチャーミングな性格と透き通った声が僕は好きだった。
 由里奈は横断歩道の前で信号待ちをしているときにいきなり車に跳ね飛ばされ、外部からの圧迫による内臓破裂で死んだ。相手の酔っ払い運転が原因だったらしい。
 僕は由里奈の通夜に参加していた。それはせみ時雨と月の明かりが交差する、蒸し暑い夏の夜で。
 あまりのショックで記憶がはがれていて、いつ喪服を着たのかも覚えていない。
 通夜会場では泣き崩れる裕子の友人達の姿。
 でも俺は涙は流せなかった。未だに信じる事ができなくて、信じきれなくて。
 でも、お通夜でも葬式でも、俺には実感がわいていなかった。由里奈が死んだという現実に対する反応を、理性さえも拒否していた。
 だから俺は涙も流せず、体中から吹き出る汗をぬぐうことも忘れたまま、ただ、その場に立ち尽くしていた。

 由里奈が死んだ事を実感できたのは、実感してしまったのは、葬式も終わり火葬場から自分の家に帰ってから由里奈の携帯に電話をかけたとき。
 その時はまだ由里奈が電話に出てくれそうな気が俺はして。
 だから彼女の携帯に電話をかけた。
 でも携帯から聞こえるのは『この電話は電波の届かないところにあるか、電源が入ってないため……』
 というアナウンス。
 一度電話を切る。そして次は出てくれるだろうと、もう一度かけた。
 携帯から聞こえるのは『この電話は電波の……』というアナウンス。
 電話を切る。そしてもう一度かける。
 『この電話は……』
 切る。かける。
 『この電話は……』
 ――由里奈は電話に出てくれなくて。
 切る。かける。
 『この電話は……』
 ――でも俺はそれを信じる事ができなくて。
 切る。かける。
 『この電話は……』
 ――俺は何度も何度も、ロボットのように同じ動作を繰り返して。
 切る。かける。
 『この電話は……』
 ――携帯を押す指が止まらない。止められない。
 『この電話は……』
 ――俺はいつの間にか涙を流していた。涙でぬれていく携帯電話。でも、指は止まらなかった。
 
 ◇

 由里奈の葬式から3日後。由里奈の母親が俺の自宅に訪ねてきた。
 『これね、由里奈がもっていたかばんの中に入っていたのよ。Mってイニシャルが書いてあったから、多分正人君のだと思って』
 と、言いながら由里奈の母親が差し出したものは『携帯ラジオ』
 これを渡すためにわざわざ訪ねに来てくれたようだ。
 この携帯ラジオはこの前、由里奈と野球観戦に行ったときに、由里奈に貸してあげたもので。
 野球観戦が終わったときに、返してもらうのを忘れていて。
 由里奈も俺に返すのを忘れていて。
『今度会ったときに返すね』ってそういえば言っていたっけ。
 俺はラジオを由里奈の母親から受け取った。
 ……。由里奈が死ぬときにそばに居てくれていたこのラジオ。
 俺はこれを由里奈の形見として、大事にする事を決めた。
 
 ◇

 あくる次の日。六畳一間の俺の部屋。
 俺はベットに腰をかけて、つながるはずも無い由里奈の携帯に電話をかけていた。
 もう一度だけでもだけでも声が聞きたい。
 でも、それはもう叶うことのない願いで、それが悲しくて。
 携帯をおき、ベットに寝転がる俺。
 俺はなにがしたいんだろう、どうすればいいんだろう。
 答えのない自問自答。俺は由里奈が死んだときからずっと、出口のない迷路をさまよったままだ。
 俺は自分を求めて、軽く伸びをした。
 すると、伸びをした手にこつんと固い感触。
 ……。ラジオだった。そう言えばベットの上に置いたままだったっけ。
 俺はラジオを手に取った。
 黒くて小さくて名刺2枚分のサイズのそのラジオ。
 俺はなにげなくそのラジオの電源を入れた。
『ジ……ジジ……ガー……ガー……』
 ラジオから流れるノイズ音。
 チャンネルどこかあわせなきゃ。俺はダイヤルを回しながら、放送局を探す。
 その時、ノイズに混じったままで人の声が聞こえてきた。
『ジジジ……ガー……助けて……ガー……』
 ん? 助けて? ラジオドラマか何かだろうか。
『ジー……ここは、どこ?……ガガ……怖いよ、怖い、よ』
 ラジオから流れてくる声。俺はその声の質に聞き覚えがあった。
 空まで突き抜けるように透き通った声。
 ……それは由里奈の声だった。いや、なにを考えているんだ俺は。
 由里奈の声に似た声、ただそれだけなんだ。由里奈の声がラジオから聞こえてくるわけないじゃないか。
 俺は声がクリアに聞こえるように、ダイヤルを回しながらそう冷静に考えた。
 しかし、次の瞬間。俺の頭の中はパニックに陥る。
『ジ……まー君、助け……ジジ……あたし、一人だよ……』
 『まー君』ラジオから聞こえてくる声は確かにそう言った。
 それは俺のあだ名だ。しかも由里奈しか使わないはずの。思わずダイヤルを回す手が止まる。これはどういうことなのだ?
『まー君、会いたいよ……どこに居るの……』
 なおも俺の名を呼ぶその声。俺は思わず声を出していた。
「な、なんだよこのラジオ、何で俺の名前が……え、え?」
 俺の名前をラジオで呼んでいる。しかも死んだ恋人とよく似た声で。
 驚きでうろたえる俺。
『誰か、そこに居るの……? ラジオって何……』
 しかし、何故かラジオの声も様子がおかしい。
「なんだよ、なにが起こってるんだ?」
『その声は……まー君?……どこ? どこに居るの?……あたしはここだよ! 由里奈はここに居るよ!』
 『由里奈』。その単語が決定打だった。これは……由里奈の声だ。しかも俺を呼んでいる。
「由里奈の声が何でラジオから……」
 思わずそうつぶやく。しかしラジオからはそれに反応するように、
『だから、ラジオって何なの?』
 と、ラジオから声が。まさか、こちらの声が聞こえているのか?
「由里奈! 聞こえるのか? 俺の声が!」
 俺はラジオに向かって話しかけた。
「うん、聞こえてるよまー君! やっぱりまー君の声だったんだね!」
 ラジオからは由里奈の元気な声がした。
 聞こえるのは死んだ彼女の声、そして双方向に通話できるラジオ。
 彼女が死んだ事に対するショックで、俺は起きたまま夢でも見ているのだろうか? 
 そう考えるのが俺には精一杯だった。

 ◇

 それから数分後。
「何でこんな事になっちゃったんだろうねー」
 ラジオから聞こえるのは由里奈の声。もうこの特異な状況に順応している。
「何で、って……それを聞きたいのは俺の方なんだけど」
 そしていまいち順応できていない俺。
 由里奈の話によるとあの事故の瞬間に記憶が飛び、気がつけば真っ暗な空間で一人立ち尽くしていたらしい。
 で、寂しくて泣いていたら俺の声が聞こえてきた、と。
「ところでそこはどこなんだ?」
 ラジオに向かって話しかける俺。ラジオに話しかけるなんて何も知らない人から見ればおかしな状況ではあるし、最初は若干抵抗もあったがなんかこの数分の間ですっかり慣れてしまった。
「どこ……なんだろうね。あたしにもぜんぜんわかんないや。あたしに分かるのはね……」
 由里奈はそこで区切ると、一瞬の間を空け、さらに言葉を続ける。
「あたしが死んじゃってるってことかな」
 妙に明るめの声でそう言い放つ由里奈。
「それは理解してるのか」
「ん。なんとなくだけどね。それにあたしね」
「なんだ?」
「自分の体の感触がないのよ。この暗闇の世界に溶け込んじゃっているような。そんな感覚しかなくて」
 由里奈はやっぱり死んでいる。声を聞けたことで変な期待をしてしまっていたが、由里奈は遺体安置所で確かに死んでいた。今は由里奈の体は骨だけになっている。
 なのになんで、由里奈はここにいるんだろう。
「なんで由里奈はそんなところにいるんだ?」
「だーかーらー。あたしには全然わかんないんだってば。んー、なんだろ。でも、そのラジオあたしが死ぬときに持ってたやつだよね」
「ん。そうだよ」
「なんかまだこの世に未練でもあって、ラジオに乗り移っちゃったのかな?」
 由里奈は明るくそう答える。なんか、無理して明るく振舞っているように聞こえなくもないけど。
「未練……、か。なんかやり残したこととか、気になっていることとかあるのか?」
 俺はとりあえず聞いてみた。
「いや、実は特にはないんだけどね。いや、もっと生きていたかった、っていうでっかいのはあるけど、それはまぁ、もう叶わない願いっぽいし」
 由里奈はそう言った。本当だ。由里奈にはもっともっと生きていてほしかった。
「あ、でも。言われてみれば確かに一個だけ心残りはあるかな。それが叶えば成仏できるかも?」
「なんだ? なにが心残りなんだ? それは俺に叶えれそうなことなのか?」
 そう由里奈に問いかける俺。でも由里奈は、
「んふふー。教えてあげないー。恥ずかしいもん」
 と、意地悪く答える。
「なんだよ、教えてくれてもいいじゃないか」
 正直、素直に知りたい。彼女の願いを叶えれるならかなえてやりたい。しかし、由里奈はわざとキーを高めにしたかわいこぶった声で
「だめだよー。恥ずかしいもん。それにまー君はその願いが叶ってあたしにさっさと成仏してほしいのかなー?」
 と、俺に幼児番組のお姉さんのような口調で質問を投げかける。
「え? そんな事は無いってば! 俺はただ、由里奈の願いを叶えてあげたくて、でももっと話が出来るならしたいし……」
 俺はちょっと混乱しながらあわててそう言い返す。
「んふふふ。冗談よ。そうだよねー。もうちょっとお話したいよね。せっかくこうやってお話できてるんだからさ」
「確かにな。何でこんな状況になっちゃったかはわかんないけどせっかくだしな」
 たしかに変な状況ではあるが、由里奈と話す事ができる。俺にはそれが嬉しかった。
 由里奈の姿は見えないが、由里奈の声が、俺の心を癒してくれる。
 由里奈の明るくて、透き通ってて、でもちょっと意地悪さも混じっているその声が、俺は大好きだ。
「ねー。何で黙っているのー?」
 と、俺が小さな幸せをかみ締めていると、痺れを切らした由里奈が話しかけてきた。
「あ、ごめんごめん、ちょっと考え事をしていて」
「黙っちゃ駄目よー。あたし真っ暗で何も見えないんだから。まー君の声が聞こえなかったらあたし、一人ぼっちになっちゃうんだから……」
 由里奈がそうつぶやいた。そうだ。由里奈は普段は明るく振舞うけど、とてもさびしがり家で、繊細で。
「ごめん、なるべく黙らないようにするよ」
 俺はあわてて謝る。
「ん。よろしい!」
 由里奈はまた明るい声で僕に許しをくれた。

 ◇

 そんな感じでその日からラジオに話しかけるちょっとおかしな夏休みが始まった。
 最初は友達やらに由里奈の声を届けようとしてラジオを聞かせたりもしたのだけど、どうやら由里奈の声は俺にしか届かないらしい。
 おかげで友人の間で『正人はすこしまいっている』という事になってしまっているのだが、まぁ、それはいいや。
 例えこれが幻聴でも何でも、由里奈がそばにいて、俺の話に由里奈が答えてくれて、それに俺が答えて。それで満足だった。
 由里奈が死んだときに、
『もっといろいろな事を喋りたかった』
 そう思ってた俺は、これがチャンスとばかりに色んな事を話した。
 友達の話、学校の話、野球観戦の話、部活の話、趣味の話、前に行ったデートの話。
 由里奈が生きているときは照れくさくて恥ずかしくて話せなかったようなことや、後は俺のちょっとした秘密なんかもいっぱいしゃべった。
 由里奈は、楽しそうに話を返してくれた。
 俺は、とてもとても、幸せだった。

 ――できればこの幸せがいつまでも続くように、そう願っていた――
 
 ◇

 由里奈との時間は穏やかに流れていき、今日は彼女が死んでから二週間、彼女がラジオに乗り移って(?)から十日目の夜。
 僕はいつものように自宅の自分の部屋にてラジオな由里奈と喋っていた。
「……でさぁ、亮ってばさぁ。掃除したばっかりの床に足取られてステーン! って転んじゃったんだぜ?」
「あははははは! りょーちんってばあいかわらずどじだねー。正人の友達ってドジな奴ばっかり!」
「おいおい〜。亮は共通の友達だろーが」
「あー。そうだよね〜。ごめんごめん」
 何気ない会話。でもその何気ない会話がすごく楽しかった。
 絶えない笑い声。由里奈がラジオの中だけの存在でも俺は十分幸せだった。
 そんな風に思っていると、いきなり由里奈がちょっと低めのトーンで変な話題をふっかけてきた。
「ねぇ、まー君はさ、この先どうするの?」
 この先? いったいどういう意味なんだろう。
「この先ってなんだよ?」
 素直に聞き返してみる俺。
「いや、さ。なんとなく今思ったんだけどね。この先さ。夏休みとか終わったら学校とかさどうするのかなーって」
 明るく答える由里奈。でもその明るい声の中に若干不安げなトーンが混じってる。
「そりゃ、学校はさ。行かなきゃいけないけどさ。でも……」
「でも?」
「由里奈がいないから少しつまんないんだろうな」
 由里奈の質問に本音で答えてみる。こんなこと、由里奈が生きていたころは言えなかったな。
「んー? 少しなのぉ? 少しだなんて、あたしショックだなぁ」
 と、本音で言った俺の返事の『少し』という部分に突っかかってくる由里奈。
「あー。わかったわかった。訂正するってば。ものすごいつまんない!だろうな」
 俺はちょっと声を張り上げて訂正してやる。すると由里奈は嬉しそうな声で、
「だよね? だよね〜。んふふふふふ。うれしいなぁ」
 と微笑む。とはいっても顔は見えないから推測でしかないがたぶん微笑んでくれているだろう。
 その後、ちょっとだけトーンを落として会話を続ける由里奈。
「でも、まー君がつまんないとちょっと悲しいな。私」
「悲しいって言われても……」
 返答に困る俺。どう答えればよいのかが浮かんでこない。
 そこで沈黙してしまってる俺に由里奈が声をかける。
「だったらさぁ。新しい彼女作っちゃう?」
 明るい声でそうきっぱり言い放つ由里奈。
 ……これは冗談なのだろうか。それとも……、由里奈はたまに突拍子も無い事をいきなり言い放つ。それは生きているときと同じだった。
 でも、今の俺にはやはり由里奈以外の選択肢は、無い。
「ばーか。俺には由里奈しかいねぇよ」
 と、普通に言い放つ俺。よく考えるとだいぶ恥ずかしい台詞だな。でも、本音だし。
「えー。何でよー。あたしより可愛い子もいるじゃんかー。めぐちゃんとか、りんちゃんとかー」
 と、自分の友人を薦めてくる由里奈。俺の思いが伝わってないのだろうかと少し悲しくなる。
「だめだめ。俺にはお前しかないって言ってんだろ?」
 ちょっと強めに言ってみる。
「えー。だから何でよ……。あたし死んでるんだよ? もう生きている人間として、まー君のそばにいることは出来ないんだよ?」
 しかし、なおもそう俺の返答に疑問をぶつける由里奈。
 俺は俺の思いが伝わらないのが悲しくて、寂しくて、こう言い放ってしまった。
「だから! 俺はお前を愛してんの! お前が死んでもそれは変わらないの!」
 それは、俺の純粋な気持ちだった。これからも変わらない、俺の、思い。
「……んふふ」
 そんな俺の思いを聞いた由里奈が返してきた返答は、小さな含み笑い。そして言葉を続ける。
「んふふー。まー君は気付いてるのかなー?」
 ……相変わらず突拍子も無い返答をしてくる由里奈。
「気付いてるって、何が?」
「あのね、あのね」
「何?」
「まー君ね。あたしに『愛してる』って言ってくれたの、これが初めてなんだよ?」
 あっけらかんとした口調でそう答える由里奈。
 ……。俺はそう言われて自分のこれまでの行動を思い返してみた。えーっと……、
「え、そうだったっけ? 確かに言った記憶は……無いんだが……」
 俺は少し混乱しながらそう由里奈に答える。
「んふふー。そうだよー。これで初めて。うん……うん」
 かみ締めるように『うん』を繰り返す由里奈。そして、ちょっと真剣な声で、話しかけてきた。
「んっとね、実はね。あたし生きてる時、かなり不安だったんだ」
「不安?」
「んっとね。まー君照れ屋さんだから。そういうこと今まで言ってくれたことなかったじゃない。いつもあたしが『愛してる?』って聞いても、『そんな事言えるかよ!』って感じで」
「ま、まぁ、確かに……な」
 確かに由里奈が生きていたときにそういう事を聞かれた事が何回かあった。でも、俺はそのときはなんだが恥ずかしくって、明言するのを避けてきた。
「あのね、確かに、まー君の気持ちとかは伝わってたから、あたしの事を愛してくれてるってのは分かってた」
「そう、か」
 俺はなんとなく照れくさくてそれだけしか返答できなかった。しかし、由里奈は強い口調で会話を進める。
「でもね、女の子って気持ちだけじゃだめなんだよ? やっぱしね、言葉で表してくれないと、どうしても不安になっちゃうの。『この人はあたしの事、本当に好きなのかな? 好きでいてくれてるのかな?』って、不安で不安でどうしようもなくなっちゃうのよ?」
 そうなのか。確かに、俺は言葉で明言する事を避けてきた。でもそれは、いつの間にか由里奈を不安がらせていたんだな。
「ずっとずっと、その言葉待ってたんだからね? あたし」
「そうか……、ごめん。でも、さっきははっきり言ったろ? それじゃ許してくれないのか?」
 由里奈に聞いてみる。すると由里奈は意地悪そうな声で、
「んー。あれだけじゃ足りないんだよね〜」
 と、答える。足りない? って事は?
「と、言うわけで、まー君にはこれから今までの分の『愛してる』を全部言ってもらっちゃいます〜。パチパチ」
「……へ?」
「はい、という訳で『愛してる』プリーズ♪」
 プ、プリーズと来たか……しょうがない。覚悟を決める俺。
「愛してる」
 ……改めて言うと恥ずかしいなやっぱり。でもこれで由里奈が喜んでくれるならそれでいいか。
「はい。もっと強く」
「愛してる」
「もっと強く」
「愛してる!」
「もっともっと強く!」
「愛してる!」
「もっともっともっと!」
「愛してる!!」
 だんだん声を大きくさせられる俺。かなり恥ずかしい。その後も何回か『愛してる』を言わされた。
「よし、オッケイ! ご苦労様でした」
 満足そうにそう答える由里奈。俺は息を切らせながら、
「や、やっと終わった・・・。ゼェゼェ。これで俺の気持ち伝わったろ?」
「んふふー。大満足♪ 胸のつかえ全部取れた感じ」
 嬉しそうに答える由里奈。
「ねぇ、まー君」
「ん、何?」
「あのさ、新しい恋人出来たら、その子には『愛してる』ってちゃんと言ってあげてね?」
 俺にお願いするようにそう話す由里奈。
「ば、ばかっ! 俺にはお前だけだって言ってるだろうが」
「んふふー。ありがとう。あたしも愛してるよっ」
「ば、ばかっ! 何言ってるんだよ……」
「んふふー。『愛してる』って言われると嬉しいでしょ?」
 やはり意地悪そうにそう答える由里奈。でも確かにそうだ、なにか胸の中があったかくなるのを感じる。
「そ、そうだな」
「うんうん。だから新しい彼女にはいっぱい言ってあげてね?」
「お前、何言ってるんだよ? なんかへんだぞ、今日の由里奈」
 今日の由里奈は分からない。突拍子もない事を言ったかと思えば、新しい彼女だの、何だの……。
「変じゃないよ。って言うかラジオが喋ってる時点で変だけどね」
「まぁ、それはそうなんだが……」
 結局、由里奈の勢いに押し切られてしまった。
「さ、それじゃぁ夜も遅いし寝ちゃおうよ? 電気消しちゃおー!」
「お、おう・・・。それじゃ」
と言うと、俺は電気を消して、「またね」と彼女に声をかける。
「うん。今日は……ありがとね。それじゃ、バイバ〜イ♪」
 由里奈はそう答えた。

 ◇

 幸せな時間っていつまでも続かないことは分かってる。
 だって、いつまでも続いたら、それは『幸せ』じゃなくて『日常』になってしまうだろ?
 だから幸せっていつまでも続かない。続かないからこそ『幸せ』って思えるんだと思う。
 だから幸せって終わりが来るんだ。

 でも、こんなに唐突すぎなくてもいいじゃないか。
 二度も唐突過ぎなくてもいいじゃないか。

 ◇

 二度目の別れも突然だった。
 次の日、俺はいつものようにラジオに声をかける。
 しかし、いつもの声がラジオから聞こえてこない。
 俺はその瞬間嫌な予感にさいなわれて、あせり始める。
 そして、とりあえず電池を変えようと電池ボックスを開けるのだが、
「電池は……、無い!?」
 そうなのだ。電池が元から入っていなかったのだ。
 つまり電力の無い状態で動いていたラジオ。
 即座に乾電池を入れてみる。音を発するラジオ。
 しかし、それはラジオ番組を流すと言う本来の役割を果たしているだけで、由里奈の声は一切でてこない。
「ど、ど、どういう事なんだ……」
 俺は混乱しながらも状況を整理しようと試みる。
 しかし、俺の頭に浮かんでしまったのは彼女の言葉ばかりで、

――『あ、でも。言われてみれば確かに一個だけ心残りはあるかな。それが叶えば成仏できるかも?』――

い、嫌だ。

――『まー君ね。あたしに『愛してる』って言ってくれたの、これが初めてなんだよ?』――

じょ、冗談だろ?

――『んっとね、実はね。あたし生きてる時、かなり不安だったんだ』――

おい、声を聞かせてくれよ! 話しかけてくれよ!

――『ずっとずっと、その言葉待ってたんだからね? あたし』――

俺を……置いていくのか?

――『んふふー。大満足♪ 胸のつかえ全部取れた感じ』――

嘘だって言ってくれよ! 話しかけてくれよ!

――『うんうん。だから新しい彼女にはいっぱい言ってあげてね?』――

俺にはお前だけで、俺には……。
 
――『うん。今日は……ありがとね。それじゃ、バイバ〜イ♪』



うわ、う、わ、う、わ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

俺の中で彼女の言葉がつながった瞬間、何かがはじけて、彼女が戻ってこないという決定的な何かがはじけて、
俺は叫び狂って、転げまくって、
その後、叫ぶように泣いた。泣いた。涙が止まらなかった、
由里奈は、由里奈はもう、
――俺の元から去っていってしまったのだ。

 ◇

 数日後。俺は由里奈の墓の前に立っていた。
 由里奈が突然いなくなった衝撃は大きかったが、やっと墓の前まで来る事が出来た。
 由里奈の墓の前に花を置くと、その場でしゃがみ、黙祷をささげる。
「……。天国で、幸せになってくれ、な」
 俺は、そうつぶやいた。
 そして立ち上がり、後ろを向き、一歩ずつ歩き出す。
 一歩、一歩、そしてまた一歩。
 そして、十メートルほど離れたところで、言い忘れてた事を思い出し、立ち止まり、墓の方に振り向く。
「由里奈、ありがとう。これだけは最後に言っておく。お前のおかげで、言えるようになった、この言葉を」

 俺はそうつぶやくと、大きく息を吸い込み、叫んだ。

「俺は! お前を!」

 そこで、いったん声を止め、ひときわ大きな声で叫ぶ。

「あいしてたぁぁぁぁ!!!」

 涙と、悲しみと、願いがこもった、叫び。この想いだけは、これからも変えない。
 そして、俺は涙をぬぐうと墓に背を向け、まっすぐ前を向き、ゆっくりと歩き出した。


――由里奈のいない、明日へ向かって。
posted by ぶるーびっと at 22:00| Comment(48) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月27日

赤烏(アカガラス)

 廃ビル。屋上。破れかけのフェンス。偽りの静けさ。
 あたりは誰が望むでもなく、望まないでもなく、ただ、世界が世界であるために必要な時間を一つずつ交わしていき、今はまもなく、夕闇の時を迎えようとしていた。
 焼け付く空の煤の様な存在の僕が、その日屋上で目にしたものは、
 辺りの僅かな闇と深くつながっているかのような色のコートを着て、屋上の縁に座っている一人の美女と、
 その女性の横に寄り添う、一羽の
 烏(カラス)。
 ただし、その烏の姿は赤い。

「……あなたは、誰なんです?」
 これは僕の言葉。そして、
「……」
 これは彼女の言葉。音にこそなってないが、僕を蔑む様に見つめるその切れ長の瞳。そしてその瞳の奥に眠る黒の水晶が、僕に何かを確実に訴えていた。
「それを、僕に言う必要は無いと言うことですか」
 僕は彼女の言葉を勝手にそう解釈し、深く問いかける。すると彼女は、その艶やかで薄めの唇を動かし、
「まぁ、そう解釈するもよい。私は肯定も否定もするつもりは無い」
と、淡々とした口調で答えた。
 欠片。世界の欠片。僕が彼女を見て一番最初に思い浮かんだのはそんな言葉。確固たる信念を持ち、時を刻んでいく世界の一部であるかのように、触れてはならないような独特の存在感を持ち、その黒い瞳で未来を見据えながら時と住む場所を共にする、そんな生命体のように見えてしまった。
「あなたは、何をしているんですか」
 しかし、そんな触れてはいけないはずの彼女に僕は、欲求心の赴くままにそう問いかける。
「私は、この赤烏(アカガラス)と共にいるだけだ」
 彼女は僕の心のかすかな動揺に気付くそぶりも見せず、淡々とそうつぶやく。そんな彼女の横ではその言葉に賛同するかのように、赤い烏が羽を動かす。
「赤い……のですね。何故赤いんですか?」
 紅蓮の炎をその実に宿らせたかのような赤烏を眺めながら僕はそう言った。
「この烏が赤いのに、意味など無い。赤いから赤いのだ」
 そう言いながら彼女は右手の手のひらを自分の胸の前に差し出す。そうすると彼女の手のひらの上に赤い烏が飛び移った。彼女はその烏を大事そうに両手で抱きかかえると、
「赤いから赤いのだ。黒くは無い、な」
 と、赤い烏を愛しそうになでながらそう付け足した。
「何か、不思議な生き物ですね」
 僕はやはり遠巻きに赤烏と彼女を眺めながらそうつぶやいた。
「そうでもない。この奇異な姿ゆえ人々はこの赤烏を特殊な存在と捕らえるが、私からすればそんな推測など滑稽なだけだ」
 やはり赤烏をなでながら、彼女はただただ、そこにいた。
「滑稽って言うのは……どんな推測なんです?」
 不思議な赤い烏と、そして行動を共にするその女性への興味は尽きず、またも質問を繰り返す。
「お前は、それを知ってどうする?」
 彼女の水晶が僕を捕らえつける。
「いえ、聞きたいから聞いているだけです。その烏が赤いのと同じように」
 僕は彼女の問いに、すぐさまそう答える。
「……面白いやつだな。まぁ、いい、少し話してやろう」


――赤烏が好む食べ物を、人々は絶望や孤独とかと推測する。
   赤烏の好みで教えられるものは、前向きな昨日。ただそれだけだ。

――赤烏が飛んでいると、明日は雨だとか、地震が起きるとか人々は口にするが、
   赤烏は何もしない。いや、できるがする必要もない。ただそれだけだ。

――赤烏には罪は無い。今までも、そしてこれからも。ただ、そんな赤烏を撃ち殺そうとした奴がいた。
   赤烏は撃ち殺されてもいいや、と思ったがやはり撃たれなかったのだ。
    単純に、鉄砲の弾が必死だったのが気に食わなかったらしい。

――赤烏の眠る場所は、私も知らない。
   ただ、赤烏いわくその場所は、自由に二番目に近い場所だそうだ。


 彼女は、赤烏について昔話を子供に言い聞かすかのごとく語ると、
「赤烏が赤いのには、意味なんか無い。ただ、赤いから赤いのだ」
 そうつぶやき、立ち上がった。そして――

「だから、今日も、空は、赤い」

 彼女がそう言い放った瞬間、辺りの闇の隙間から這い出たかのような大量の赤烏が世界を覆った。
 屋上の給水等の闇から、
 空を飛ぶジェット機の闇から、
 公園で遊ぶ相手もなく、ただ一人で母を待ち続ける少年の闇から、
 彼女のコートの中の闇から、
 僕の心の闇から、
 這い出たかのような、這い出たかのような赤烏達の群集。群れ。集まり。世界を赤く染めてもなお、赤烏は鳴き続け、叫び続け。 
 ――やがて赤烏は彼女を一斉に取りかこみ、そしてさらに世界を染めるべく、散り散りに飛び去った。赤烏たちが去ったその後には一線の静寂と、赤烏が溶け込んだ夕焼け空、そして彼女が来ていた闇色のコートだけが残っていた。

 赤烏が赤いのには、意味なんか無い。ただ、赤いから赤いのだ。
 そして世界がその赤で染まる日も、きっと遠くは無いんだと思う。
 僕は残された夕焼け空を見つめながら、
posted by ぶるーびっと at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月18日

ねみー。

ねみーねみー。
眠さを押さえてのブログなのさ。

と、言うのも今日はなんとか
なんか小説書いてから寝ようと思ってるところで。
掌編でもこの際いいので。
で、「うおっ!これ書きてぇ!」的なアイデアを
うんうん唸りうながら考えてますですよ。

さすがにこれ以上書かないと腕なまりまくりんぐ。
ガンバレ俺。
posted by ぶるーびっと at 02:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

あいも変わらず

小説を書く気力の湧かないぶるびです。やばい。
しかしながらブログだけは頑張って更新・・・。

ちなみに最近「ゲームセンターCX」という番組に
どっぷりはまっています。
メインコーナーはお笑い芸人の有野(よゐこ)がレトロゲームを
ただクリアしていく「有野の挑戦」というコーナーなのだが。
これは本当に淡々とクリアしていくだけのコーナー。
だが、これがもー本当面白い。

ゲーム通だがプレイヤーとしての腕前は凡人並みの有野さんが
明らかにゲーム製作者の狙い通りの場面でやられたり、
レトロゲーム独特の癖のあるキャラなどに突っ込みを入れていったり、
10時間を越える長時間挑戦の末にギブアップしたりw
本当にゲーム好きのツボを刺激しまくりの内容なのです。

ってTV番組ばかり見てるから筆が進まんのかorz
posted by ぶるーびっと at 03:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

できるだけ

とりあえず。今日からできるだけなんか書いてみよう。ブログ。
小説書けない書けないって愚痴ってても始まらんしね。
文字を書く癖ぐらいはつけようか。

掌編あたり書きたいんだけどなー。後はネタ勝負。
っていっても掌編は苦手だから多分短編にはなるんだろうけど。
酷評覚悟で一回テキトーに書いちまうか?
多分今の俺だと質の高さを目指すよりは
完成させる事を第一目標においたほうがいいと思う。
と、なると書きやすくてすらすら書ける題材か・・・。















ちびっ子か!!<人として間違っています。
posted by ぶるーびっと at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月08日

なんとなく

んー。久々の更新。
ラノ研チャットで話題が出て、「書きなさいよー」
という事で書いてみる。
そんな感じでいいのか?


いいのだ!

まぁ、それは置いといて。
未だに小説書けてない今日この頃ですが
それもこれも「女神転生IMAGINE」が面白いのがいけないのですよ
(`へ´)プンプン

ちなみにこれから書こうと思ってるネタをいくつか
・ちびっ子占い師ネタ
・金の斧・銀の斧を現代風アレンジネタ
・童話風ストレート直球ネタ
・スライムがヒロインの長編
・悲哀ネタ

以上〜。創作意欲を頑張って沸かせないとなぁ。
posted by ぶるーびっと at 05:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

葬式

本日、叔父の葬式に出席してまいりました。

まぁ、なんだ。やはり親族が死ぬのは悲しいな。
しかし、それでも俺は書くしかないのだ。
レッツ執筆。
posted by ぶるーびっと at 22:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

久々に

いやまぁ、久々に更新。
書くことは無いのだが、物を書く癖は付けといた方がいいかなーって感じ。
そしてランサービットは今後どうするかねぇ。
まったくアイデアが浮かばん。
ちなみに今日は仕事帰りに吉野屋いったら牛丼売り切れorz
・・・まったくどうでもいいネタだなorz
posted by ぶるーびっと at 03:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月29日

分かる人にしかわからないネタ。

ro-son.jpg買ってきました。
posted by ぶるーびっと at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月16日

疾風怒濤の生徒会ッ!(書きかけ)

 すごしやすい季節も終わり、人々がそろそろ冬支度を始めようかと思ってしまうような寒さになってきた11月23日の放課後。
「うーん、勇次は補修だしねぇ。たまには一人で帰りますかぁ」
 そんな独り言をいいながら私立仲荻(ナカオギ)高校の正門をくぐる俺。
 ちなみに俺はここの生徒(二年生)で、勇次ってのは俺のダチね、ダチ。
 そんでまぁ、勇次はこの間のテストの成績が悪かったらしく、放課後になったというのに只今補修中。
 実は勇次は全体的な成績は良い方。しかし、世界史のテストでなんかものすごい回答を出したらしく、返ってきたテストはマイナス8点という当学校の新記録を樹立。
 っていうかマイナス点を貰う勇次も悪いが、つける先生も先生だよな。(ちなみにどんな回答かは口外禁止令が出てるので一切教えてもらえていない)
 と、言う訳で勇次は一人だけで補修だし、他の友達は今日は忙しそうだし。ま、たまには一人っていうのもいいかな……。
 とか思いながら歩いていたその時、一人の女の子の声が聞こえた。
「こんちゃーなのよっ、更徒(サラト)くん!」
「ああ、こんちゃー、ナッピー」
 振り返って返事をする俺。ちなみに更徒って言うのはもちろん俺の名前ね。(ちなみに本名は『河野 更徒』といいます)
「ま、『こんちゃー』ってきたらナッピーしかいないよなぁ」
「はい、ナッピーちゃんなのよ!」
 このナッピーこと『夏目 柊(ナツメ ヒイラギ)』は俺と同じ2−Bのクラスメイトである。
 もちろんクラスメイトいう事は俺と同じ高校二年生なのだが、背がとても小さく、ランドセルをつけると小学生に間違われそうなほどに見た目も体系も幼い。おまけに口調も幼い。ただ、その地球滅亡の前日でさえ明るそうな天真爛漫なキャラでクラスの全員から慕われている。
 どんぐりのようにくりっと丸いつぶらな瞳とプリンとつややかなそのほっぺた、そして髪を両端で結んだツーテールが印象的。その可愛い容姿で学校内の一部に熱狂的なファンがおり、ファンクラブの人数は十八人ほど(学校非公認)。
「んで、ナッピー俺になんか用事かい?」
「用事なのよ!」
 俺の返答に満面の笑顔で明るく元気に返事をするナッピー。可愛い。思わず頭をなでる俺。
「にゃははっ、ごろごろごろ……」
 頭をなでられたナッピーは子猫の真似をして俺にすり寄ってくる。ナッピーと一緒にいると和むねぇ……。
「ってちっがーう、なのよっ! 用事なのよっ!」
 と、我に返り用事を思い出したナッピーが、俺に向かって叫びかける。
「ああ、ごめんごめん。んで用事って?」
 ナッピーは、なでられてややくしゃくしゃになった髪の毛を整えると、俺のほうを向きにこやかにこう答えた。
「あたし達と、一緒に生徒会選挙立候補しましょう! なのよ」
「……は?」

 話の流れはよく分からんが、とりあえず詳しい話を聞くため、学校の近くにあるとあるファミレスに移動する俺とナッピー。
 この時間のファミレスは俺と同じ学校の奴や、子供づれの奥様団体が多く、にぎやかな店内になっており、店員さんもあわただしく動き回っている。
 俺たちは早速中に入り、案内された席に向かい合うように座る。
「んでだ。何から聞けばいいのかな」
 席に座るや否や、俺は早速質問タイムに入ろうとした。しかし、
「あー、店員のおねーさーん、『ピンクロドリゲスデラックスノックオンパフェ』くださいなのよっ!」
『はーい。ピンパフェ一丁ですねー。ナッピーちゃんいつもありがとねー』
「だってここのパフェおいしいですもんー」
 俺の言葉を軽くスルーしたまま、店員のお姉さんに注文をすばやく取り付けるナッピー。
『それだけ長いパフェの名前よく噛まずに言えるねー、えらいねーナッピーちゃんは』
 店員さんがナッピーを褒める。それは俺も同意見だ。呆れ半分に同意見だ。
「えへへへへへへ……」
 そして褒められて上機嫌のナッピー。顔をピンクに染めて喜んでいる。
「んで、おーい。おーいったらおーい」
 とりあえず話を戻すべくナッピーに話しかける。
「あ、ごめんなさいなのよー。更徒くんは何頼むのー?」
「あ、そんじゃ俺はショートパフェ一つで」
『はい、ありがとうございまーす』
「って違う」
 ここで流れるような一連の受け応えに突っ込みを入れる俺。
 しかし、勢いで言ってしまった注文は通ってしまったらしく、しばらくして俺の元にショートパフェ、そしてナッピーの元にピンクロドリゲスデラックスノックオンパフェが届けられる。
 ショートグラスに控えめに盛り付けられた俺のショートパフェ。そして、
「うひゃー! 相変わらず大きいのよ!」
 向こうは全長四十センチはあろうかという巨大なピンクのパフェタワー。なんだこれ。
「うきゅーん、おいしいなのよっ!」
 早速パフェを食べ始るナッピー。こいつ、こんなに小さな体でこれ全部食えるのか……。
 ……。
 ……。
 ……。
 あ、そうだ。
「ところで質問いいか?」
 あっけに取られてしまったが、なんとかこのファミレスに来た用事を思い出し、ナッピーに話しかける。
「みゅ?(もぐもぐ)どうじょなのよ(もぐもぐ)」
 ナッピーはパフェを食べている最中ではあるが、やっと質問をする体制が整った俺は、単刀直入にナッピーに質問をぶつける。
「生徒会選挙って言うと、今度行われるうちの生徒会の選挙のことでいいんだよな」
「ひゅん、そーひゃよ(もぐもぐ)」
 ナッピーはそう言いながら、口にパフェを目一杯に詰め込んだまま、首を大きく縦に振る。行儀悪い、けど小動物のようでほほえましい。
 俺は子を見守る親のような温かい心境でナッピーを見つめるのであった……って目的がちげーよ。
 「……何で俺が?」
 おもわず和んでしまいそうな自分を奮い起こし、話を進める。
 そうなのだ。成績も悪くは無いが中の上ぐらい。人望もこれといって多いわけでもなく、カリスマ性もあまり無い俺が、なぜ生徒会選挙に立候補なのか。
「んーとねぇ、それはナッピーじゃなくてユミユミとキーちゃんから話すのよ」
「ユミユミとキーちゃんって、やっぱりそのトリオでの話しだったのか……」
 と、ナッピーから出てきた人物の名前に驚き半分、そうだろうなぁという気持ち半分でそう返答した時、ちょうどその話題の人物がファミレスに現れた。
「こーんーにーちーはー、でーすー」「こんにちは、更徒君」
 ナッピーと同じ制服を身にまとったおっとり系の長身長髪美少女と、眼鏡をかけた知的ショートカット美少女。この二人こそ今話題に上ったユミユミとキーちゃんである。
「ごめんなさいねー。急なー、話でー、ビックリなさったでしょうー?」
 そんな感じに、スローモーな口調で話しかけてくるこの長身長髪美少女は、ユミユミこと『柏 悠美(カシワ ユミ)』。
 こいつも俺のクラスメイトである。そのモデル並の高い身長にあわせたかのような黒くて長くてつややかな髪と、細目&透き通った唇から常時繰り出される微笑みがチャームポイントのおっとり系おねーさんである。人柄も良く、クラスのおねーさん的存在として、クラスの人気者である。さらにこの人には際立つ特徴があるのだが……、それはまたの機会にでも。
「いや、ちょうど話を聞いてたところなんですよ」
 俺の隣にゆったりと座ったユミユミからの問いにそう答える俺。
「あらー、そうなんですかー、ちょうどー、いいですわねー」
 どこまでもスローモーだ。
「あ、ならちょうどいいです。それについてはわたくしから詳しい説明を申し上げます」
 その時、ちょうど俺のま反対、斜め横の席に座った子が会話に割り込むように話しかけてきた。ユミユミとは対照的にハッキリてきぱきとした口調のキーちゃんこと『新乃笠 京子(アラノガサ キョウコ)』である。
 この新乃笠も俺のクラスメイトである(この子に関しては『キーちゃん』なんてあだ名では僕は呼べません、怖くて)。
 実は新乃笠財閥のお嬢様であるこの新乃笠さん。耳元でざっくりと切ったさわやかなショートカットと切れ長の瞳、シンプルフレームな眼鏡で織り成すその知性派なルックスが、どことなく人を寄せ付けない特殊な雰囲気をかもし出すが、『お姉様』と慕う女性のファンもすこぶる多い。
「うい、お願いします」
 俺はかるく新乃笠さんにお辞儀。この三人なら新乃笠さんに説明してもらうのが一番わかりやすそうだ。
「では簡単に説明させていただきますが、この三人で生徒会選挙に立候補しようとしてます」
 この三人とは話をしている新乃笠さんとユミユミとナッピーのことだろう。この三人は仲が良く常に一緒に行動している。三人とも同じ年齢ではあるが見た目の特徴から『2−Bの美人三姉妹』として呼ばれており、学内でも有名な三人組である。
「生徒会立候補ですか……」
「そう、生徒会ですわ」
 眼鏡を人差し指で軽く治しながらそう答える新乃笠さん。
「んで、それはわかるんですが、何故僕を誘う必要が?」
「簡単よ。この学校の生徒会立候補には四人のグループで出願しないといけない、ただそれだけの理由です」
 そうなのである、この学校の生徒会の立候補は変わった方式をとっていて、『生徒会長・副会長・書記・会計』の四人一組での立候補が義務づけられているのである。しかし、
「いや、その辺も分かっているんですよ。生徒会立候補に一人足りないって事も。しかしそれの欠員の補充に何故僕なのか、って言う事が不思議なんですよ」
 やはりこれが気にかかる。特に特徴の無い俺がどうしてこの特徴ありまくりの三人組に誘われないといけないのか、それが謎なのである。
「ん、いや、別に誰でもいいですわ」
 あっさりそう答えやがった新乃笠さん。さすがにクールで通っている新乃笠さん、お世辞を知りませんね。
「い、いや誰でもいいからって……」
 とりあえずここ反論しておこう。確かに誰でもいいのかもしれない。しかし、だからって穴埋めのように使われるのはさすがに俺の(小さな)プライドが我慢できない。
「いや、更徒さんにしかー、できないー、事もー、ありますー、よ?」
 さすがに話の流れがやばいと思ったのか。すかさず話に割り込んできたユミユミ。話に割り込むタイミングは早いが口調は相変わらずスローモーだ。
「更徒さんはー、勉強もー、そこそこー、できますしー」
「いや、ほぼ平均点ですけど……」
 ユミユミが俺を持ち上げようとしているのは分かるが、淡々と事実で対応する。
「球技だってー、結構、うまいですしー、?」
「球技が上手いこと生徒会ってあんまり関係ないような気がします……」
 事実その二。
「保健委員としてのー、役割もー、がんばってー、果たしていますしー」
「保健委員の役割って月一のプリント配布と急病人を保健室に連れて行くことぐらいですが……」
 事実その三。
「えーっと……」
 自分の台詞をことごとく俺に反論され、返答に困りオロオロしているユミユミ。
「えーっとぉ、なっぴー、バトンタッチですよー」
 そう言いながらユミユミはナッピーに話しかける。どうやらユミユミは俺の説得を諦めたらしくナッピーにバトンタッチのようだ。
「んにゃー(もぐもぐ)、ナッピーの番?(もぐもぐ)」
 そう言いながらパフェを食べ続けるナッピー……っておい。
「おい、そのパフェ……」
 俺はナッピーの前にあるパフェを見た途端思わずそうつぶやく。
「ん? この(もぐもぐ)『抹茶クレッシェンドトロピカルシュナイザーパフェ』も(もぐもぐ)とてもおいしいのよー」
 ナッピーの前にあるパフェはいつの間にか『緑色の』全長四十センチの大型パフェタワーに変わっていた。
「……ナッピー、さっきのパフェは?」
 俺は顔を青ざめながらそうナッピーに問いかけるが、当のナッピーは、
「ん? もう食べちゃったのよー。でもお腹たんないからもう一個注文しちゃったのよー」
 と、あっさり答える。……喋る言葉がないです。
「ふにゅー(もぐもぐ)。それでなのよ(もぐもぐ)」
 息を整えて、しかし食べるペースは落とさないまま、ナッピーが改めて話し出す。
「ナッピーはね、更徒っちが適任だと思うなのよ。(もぐもぐ)だって、ナッピークラスの行事のときは率先して手伝ったりするじゃないなのよ?(もぐもぐ)」
 パフェを食べながら俺にそう話しかけてくるナッピー。
「いや、あれは他にやる気のあるやつがほとんどいないから仕方なくじゃないか」
 俺は思った事をそのまま言う。2−Bは残念ながらやる気の薄いやつが多く、大抵の行事ごとは俺と俺の友達の勇次とあと数名でやるパターンが多い。しかも、その後大抵の場合その状況を見かねてこの三人組が手伝うのだが、その後はその三人組目当てで手伝う奴らが一杯になるのもいつものパターン。
「(もぐもぐ)いや、それでもすごいと思うなのよ。(もぐもぐ)更徒っちはまじめなのよ。すごいなのよ」
「そうかなぁ……」
 ナッピーの言葉に少し体がむずがゆくなる俺。しかし、褒められて悪い気はしない。
「そうなのよ。(もぐもぐ)クラスでも人望はあるのよ。(もぐもぐ)『更徒っちはすごいね』ってみんな言ってるのなのよ。だからナッピーは更徒っちを推薦したのよ(もぐもぐ)」
「え、そうなのか」
 どうやら俺を推薦したのはナッピーらしい。その言葉に少しうれしくなる俺。
「そーなのですよー、更徒さんはー、人望ありまくりー、なのですよー?」
 ナッピーの言葉に続くようにフォローを入れるユミユミ。なんで疑問系なのかは気になるが。
「ま、そうですわね。私達は何のとりえもない人を誘うような馬鹿な真似はいたしませんわ」
 新乃笠さんも続くようにそう答える。
「う……まじっすか……」
 正直目立つ事が苦手で人前に出る事が嫌いな俺は生徒会などに興味はない。しかし、この美人三姉妹にここまで褒められて悪い気になる奴はいないだろう。
 つーか、俺はそんなに人望があったのか。俺の隠された力にうきうきしてしまう。
「だーかーらー。更徒っち、私達と一緒に生徒会作りましょうなのよ、選挙立候補しましょうなのよ」
 そして、パフェを食べる手を止め、あらためて真剣な語り口調で誘ってくるナッピー。
「あたしたちとー、一緒にー、頑張りー、ましょう?」
 それに続くユミユミ。
「ま、頑張りましょうですわ」
 最後に一言の新乃笠さん。
 三人の綺麗な瞳が俺を見つめる。しかし、目立つことは苦手だし、生徒会運営なんてめんどくさい事も正直やりたくないけど、この三人にここまで言われて断るのもなんかもったいない。俺は答えをどう出そうか迷う。しばらく黙り込んで悩んだ後、
「……俺で本当にいいのか?」
 そう三人に問いかける俺。
「そうなのよ!」「そうですわー!」「ま、いいですわ」三人三様の返答。
 さらにそこに重ねるように、
「ナッピーは更徒っちじゃなきゃだめなのよ? お願いだからうんと言ってほしいなのよ」
 ナッピーがそう言いながら、潤んだまん丸の瞳で、悲しみいっぱいにご主人様の帰宅を待つウサギのように、俺を見つめてくる。
 だ、駄目だ。この瞳を見て断れるほど俺は冷酷無比な人間にはなれない。
「わ、分かりました。俺も生徒会立候補に参加しましょう」
 俺は多少しぶしぶながらもそう言った。
「やったーですわー」
「やったーなのよ!」
 抱き合いながら喜ぶユミユミとナッピー。新乃笠さんも眼鏡を直しながら、俺に微笑みで語りかける。
「やったーなのですよ! ちゃんとできたのですよー!」
 その時、そう言いながら喜ぶナッピーの服のポケットから一枚の紙が落ちてきた。
「ん、なんだこれ……」
「あ、それを見てはいけませんわー!」
 その紙を拾い上げる俺、大慌てで止めにかかろうとするユミユミ。ナッピーのさっきの発言もどことなく気になる俺はとりあえずその紙の内容をチラッと見てみた。
 そこには『行事のときは率先、更徒はまじめで人望もあるという事を中心に褒める』『最後はウルウル瞳で攻撃』『怒涛の攻めで更徒を陥落させる』なとどいう言葉がおそらく新乃笠さんが書いたと思われる達筆の字で書き記してありました。っていうか上のほうに『更徒陥落作戦。プレゼンテッドバイ・キーちゃん』って書いてあるし。ええ、くっきりきっぱりと。
「これは……という事は……」
 つ、つまり今までの話は俺をうんと言わせるための作戦――。それを悟った俺は三人を怒りの形相で見つめる。 
「えーっと、それはー、違うんですよー。誤解なんですよー?」
 あわててその場を取り繕うと言葉を並べるユミユミ。
「そ、そうなのですよ!」
 そしてようやく紙を落とした事に気付き、同じくフォローに入るナッピー。
「こうやって紙で作戦練って、更徒っちを持ち上げてうんと言わせようとか、褒めて褒めて褒めまくろうとかそういう作戦ではないのですよ?」
 更にあわてまくりながらそう答えるナッピー。……ナッピーはフォローしているつもりなんだろうが、フォローになっていません。
 そしておそらくこの作戦の首謀者であろう新乃笠さんは、『やばいわね……』みたいな表情で窓の方を見つめている。おーい。
「こ、これはどういう事なんですか」
 怒りやら情けないやら色んな気持ちが入り混じった声で三人に答えを問う俺。
「……まぁ、二人ともストップ。ばれちゃ仕方ないですわ」
 あーだこーだ俺のフォローを何とかしようとしている二人を抑えつつ、窓の方を向いていた新乃笠さんが会話に加わってきた。
「更徒君を少しだましてしまった事はごめんなさい」
 そう言いながら頭を深々と下げる新乃笠さん。
「いや、まぁ頭を下げられるほどの事では……」
 と、俺が返答しようとするところをさえぎるように新乃笠さんが喋る。
「……ま、でも、一度言ったものはしょうがないですわよねぇ」
 そう言いながら手元に持ってあった携帯レコーダーの再生ボタンを押すを新乃笠さん。
 そのレコーダーからは俺の口調で『俺も生徒会立候補に参加しましょう』という言葉が流れる。
「うげ、いつの間に!?」
「男なら一度言った言葉は責任を持って守らなきゃですわ」
 慌てふためく俺を尻目に新乃笠さんはそう言いながら俺を見つめる。しかし、その瞳の奥には『嫌だと言ったらどうなるかお分かりですわね?』といわんばかりにめらめら燃えている炎が見え隠れする。
 俺は強烈に寒気を感じた。こうなった新乃笠さんに逆らうとやばい。新乃笠さんは本気になると……軍隊が呼べる人です。マジで。過去に三例ありです。だからマジで。
「はい、それではもう一度お聞きしましょう、更徒さん、私達に協力してくれますわね?」
 そして一旦間を空けた後、冷酷な目線と口調とわずかの微笑で聞きなおしてくる新乃笠さん。
「は、はい……」
 俺は引きつりつつそう答えるしかありませんでした。僕は命が惜しいですから、はい。
「はい、ありがとうございます。それでは一緒に頑張りましょうですわ」
 と、穏やかになった口調で話しかける新乃笠さん。
 そしてその横で『ゴメン』という雰囲気で両手を合わせて謝罪していアユミユミとナッピー。
 俺はもしかしてとんでもない事に巻き込まれたのではないのだろうか……、そう思いながら呆然とする俺の横で、
「おねーさーん! 『ハッピーラッピークッピーナッキーブルーベリーパフェ』追加なのですよ!」
 と、パフェの注文をするナッピーの声が響くのであった。三杯目かよ。
posted by ぶるーびっと at 02:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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