期間限定でさらしてみます・・・。
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幸せな時間っていつまでも続かないことは分かってる。
だって、いつまでも続いたら、それは『幸せ』じゃなくて『日常』になってしまうだろ?
だから幸せっていつまでも続かない。続かないからこそ『幸せ』って思えるんだと思う。
だから幸せって終わりが来るんだ。
でも、こんなに唐突すぎなくてもいいじゃないか。
◇
『由里奈が死んだ』
そのしらせはあまりにも唐突で。
そのしらせを受けて向かった遺体安置所。
そこにあったのは泣き崩れる由里奈の親御さんと妹。呆然と立ち尽くす友人。
そして、簡素な台に横たわっていたのは、
俺が最も愛して、そして愛された大切な人の変わり果てた姿だった。
由里奈は高校の同じクラスの同級生で、俺の彼女。
肩下まで伸びる長くてつややかな黒髪とおとなしそうに見えるその容姿とは裏腹に、明るくてチャーミングな性格と透き通った声が僕は好きだった。
由里奈は横断歩道の前で信号待ちをしているときにいきなり車に跳ね飛ばされ、外部からの圧迫による内臓破裂で死んだ。相手の酔っ払い運転が原因だったらしい。
僕は由里奈の通夜に参加していた。それはせみ時雨と月の明かりが交差する、蒸し暑い夏の夜で。
あまりのショックで記憶がはがれていて、いつ喪服を着たのかも覚えていない。
通夜会場では泣き崩れる裕子の友人達の姿。
でも俺は涙は流せなかった。未だに信じる事ができなくて、信じきれなくて。
でも、お通夜でも葬式でも、俺には実感がわいていなかった。由里奈が死んだという現実に対する反応を、理性さえも拒否していた。
だから俺は涙も流せず、体中から吹き出る汗をぬぐうことも忘れたまま、ただ、その場に立ち尽くしていた。
由里奈が死んだ事を実感できたのは、実感してしまったのは、葬式も終わり火葬場から自分の家に帰ってから由里奈の携帯に電話をかけたとき。
その時はまだ由里奈が電話に出てくれそうな気が俺はして。
だから彼女の携帯に電話をかけた。
でも携帯から聞こえるのは『この電話は電波の届かないところにあるか、電源が入ってないため……』
というアナウンス。
一度電話を切る。そして次は出てくれるだろうと、もう一度かけた。
携帯から聞こえるのは『この電話は電波の……』というアナウンス。
電話を切る。そしてもう一度かける。
『この電話は……』
切る。かける。
『この電話は……』
――由里奈は電話に出てくれなくて。
切る。かける。
『この電話は……』
――でも俺はそれを信じる事ができなくて。
切る。かける。
『この電話は……』
――俺は何度も何度も、ロボットのように同じ動作を繰り返して。
切る。かける。
『この電話は……』
――携帯を押す指が止まらない。止められない。
『この電話は……』
――俺はいつの間にか涙を流していた。涙でぬれていく携帯電話。でも、指は止まらなかった。
◇
由里奈の葬式から3日後。由里奈の母親が俺の自宅に訪ねてきた。
『これね、由里奈がもっていたかばんの中に入っていたのよ。Mってイニシャルが書いてあったから、多分正人君のだと思って』
と、言いながら由里奈の母親が差し出したものは『携帯ラジオ』
これを渡すためにわざわざ訪ねに来てくれたようだ。
この携帯ラジオはこの前、由里奈と野球観戦に行ったときに、由里奈に貸してあげたもので。
野球観戦が終わったときに、返してもらうのを忘れていて。
由里奈も俺に返すのを忘れていて。
『今度会ったときに返すね』ってそういえば言っていたっけ。
俺はラジオを由里奈の母親から受け取った。
……。由里奈が死ぬときにそばに居てくれていたこのラジオ。
俺はこれを由里奈の形見として、大事にする事を決めた。
◇
あくる次の日。六畳一間の俺の部屋。
俺はベットに腰をかけて、つながるはずも無い由里奈の携帯に電話をかけていた。
もう一度だけでもだけでも声が聞きたい。
でも、それはもう叶うことのない願いで、それが悲しくて。
携帯をおき、ベットに寝転がる俺。
俺はなにがしたいんだろう、どうすればいいんだろう。
答えのない自問自答。俺は由里奈が死んだときからずっと、出口のない迷路をさまよったままだ。
俺は自分を求めて、軽く伸びをした。
すると、伸びをした手にこつんと固い感触。
……。ラジオだった。そう言えばベットの上に置いたままだったっけ。
俺はラジオを手に取った。
黒くて小さくて名刺2枚分のサイズのそのラジオ。
俺はなにげなくそのラジオの電源を入れた。
『ジ……ジジ……ガー……ガー……』
ラジオから流れるノイズ音。
チャンネルどこかあわせなきゃ。俺はダイヤルを回しながら、放送局を探す。
その時、ノイズに混じったままで人の声が聞こえてきた。
『ジジジ……ガー……助けて……ガー……』
ん? 助けて? ラジオドラマか何かだろうか。
『ジー……ここは、どこ?……ガガ……怖いよ、怖い、よ』
ラジオから流れてくる声。俺はその声の質に聞き覚えがあった。
空まで突き抜けるように透き通った声。
……それは由里奈の声だった。いや、なにを考えているんだ俺は。
由里奈の声に似た声、ただそれだけなんだ。由里奈の声がラジオから聞こえてくるわけないじゃないか。
俺は声がクリアに聞こえるように、ダイヤルを回しながらそう冷静に考えた。
しかし、次の瞬間。俺の頭の中はパニックに陥る。
『ジ……まー君、助け……ジジ……あたし、一人だよ……』
『まー君』ラジオから聞こえてくる声は確かにそう言った。
それは俺のあだ名だ。しかも由里奈しか使わないはずの。思わずダイヤルを回す手が止まる。これはどういうことなのだ?
『まー君、会いたいよ……どこに居るの……』
なおも俺の名を呼ぶその声。俺は思わず声を出していた。
「な、なんだよこのラジオ、何で俺の名前が……え、え?」
俺の名前をラジオで呼んでいる。しかも死んだ恋人とよく似た声で。
驚きでうろたえる俺。
『誰か、そこに居るの……? ラジオって何……』
しかし、何故かラジオの声も様子がおかしい。
「なんだよ、なにが起こってるんだ?」
『その声は……まー君?……どこ? どこに居るの?……あたしはここだよ! 由里奈はここに居るよ!』
『由里奈』。その単語が決定打だった。これは……由里奈の声だ。しかも俺を呼んでいる。
「由里奈の声が何でラジオから……」
思わずそうつぶやく。しかしラジオからはそれに反応するように、
『だから、ラジオって何なの?』
と、ラジオから声が。まさか、こちらの声が聞こえているのか?
「由里奈! 聞こえるのか? 俺の声が!」
俺はラジオに向かって話しかけた。
「うん、聞こえてるよまー君! やっぱりまー君の声だったんだね!」
ラジオからは由里奈の元気な声がした。
聞こえるのは死んだ彼女の声、そして双方向に通話できるラジオ。
彼女が死んだ事に対するショックで、俺は起きたまま夢でも見ているのだろうか?
そう考えるのが俺には精一杯だった。
◇
それから数分後。
「何でこんな事になっちゃったんだろうねー」
ラジオから聞こえるのは由里奈の声。もうこの特異な状況に順応している。
「何で、って……それを聞きたいのは俺の方なんだけど」
そしていまいち順応できていない俺。
由里奈の話によるとあの事故の瞬間に記憶が飛び、気がつけば真っ暗な空間で一人立ち尽くしていたらしい。
で、寂しくて泣いていたら俺の声が聞こえてきた、と。
「ところでそこはどこなんだ?」
ラジオに向かって話しかける俺。ラジオに話しかけるなんて何も知らない人から見ればおかしな状況ではあるし、最初は若干抵抗もあったがなんかこの数分の間ですっかり慣れてしまった。
「どこ……なんだろうね。あたしにもぜんぜんわかんないや。あたしに分かるのはね……」
由里奈はそこで区切ると、一瞬の間を空け、さらに言葉を続ける。
「あたしが死んじゃってるってことかな」
妙に明るめの声でそう言い放つ由里奈。
「それは理解してるのか」
「ん。なんとなくだけどね。それにあたしね」
「なんだ?」
「自分の体の感触がないのよ。この暗闇の世界に溶け込んじゃっているような。そんな感覚しかなくて」
由里奈はやっぱり死んでいる。声を聞けたことで変な期待をしてしまっていたが、由里奈は遺体安置所で確かに死んでいた。今は由里奈の体は骨だけになっている。
なのになんで、由里奈はここにいるんだろう。
「なんで由里奈はそんなところにいるんだ?」
「だーかーらー。あたしには全然わかんないんだってば。んー、なんだろ。でも、そのラジオあたしが死ぬときに持ってたやつだよね」
「ん。そうだよ」
「なんかまだこの世に未練でもあって、ラジオに乗り移っちゃったのかな?」
由里奈は明るくそう答える。なんか、無理して明るく振舞っているように聞こえなくもないけど。
「未練……、か。なんかやり残したこととか、気になっていることとかあるのか?」
俺はとりあえず聞いてみた。
「いや、実は特にはないんだけどね。いや、もっと生きていたかった、っていうでっかいのはあるけど、それはまぁ、もう叶わない願いっぽいし」
由里奈はそう言った。本当だ。由里奈にはもっともっと生きていてほしかった。
「あ、でも。言われてみれば確かに一個だけ心残りはあるかな。それが叶えば成仏できるかも?」
「なんだ? なにが心残りなんだ? それは俺に叶えれそうなことなのか?」
そう由里奈に問いかける俺。でも由里奈は、
「んふふー。教えてあげないー。恥ずかしいもん」
と、意地悪く答える。
「なんだよ、教えてくれてもいいじゃないか」
正直、素直に知りたい。彼女の願いを叶えれるならかなえてやりたい。しかし、由里奈はわざとキーを高めにしたかわいこぶった声で
「だめだよー。恥ずかしいもん。それにまー君はその願いが叶ってあたしにさっさと成仏してほしいのかなー?」
と、俺に幼児番組のお姉さんのような口調で質問を投げかける。
「え? そんな事は無いってば! 俺はただ、由里奈の願いを叶えてあげたくて、でももっと話が出来るならしたいし……」
俺はちょっと混乱しながらあわててそう言い返す。
「んふふふ。冗談よ。そうだよねー。もうちょっとお話したいよね。せっかくこうやってお話できてるんだからさ」
「確かにな。何でこんな状況になっちゃったかはわかんないけどせっかくだしな」
たしかに変な状況ではあるが、由里奈と話す事ができる。俺にはそれが嬉しかった。
由里奈の姿は見えないが、由里奈の声が、俺の心を癒してくれる。
由里奈の明るくて、透き通ってて、でもちょっと意地悪さも混じっているその声が、俺は大好きだ。
「ねー。何で黙っているのー?」
と、俺が小さな幸せをかみ締めていると、痺れを切らした由里奈が話しかけてきた。
「あ、ごめんごめん、ちょっと考え事をしていて」
「黙っちゃ駄目よー。あたし真っ暗で何も見えないんだから。まー君の声が聞こえなかったらあたし、一人ぼっちになっちゃうんだから……」
由里奈がそうつぶやいた。そうだ。由里奈は普段は明るく振舞うけど、とてもさびしがり家で、繊細で。
「ごめん、なるべく黙らないようにするよ」
俺はあわてて謝る。
「ん。よろしい!」
由里奈はまた明るい声で僕に許しをくれた。
◇
そんな感じでその日からラジオに話しかけるちょっとおかしな夏休みが始まった。
最初は友達やらに由里奈の声を届けようとしてラジオを聞かせたりもしたのだけど、どうやら由里奈の声は俺にしか届かないらしい。
おかげで友人の間で『正人はすこしまいっている』という事になってしまっているのだが、まぁ、それはいいや。
例えこれが幻聴でも何でも、由里奈がそばにいて、俺の話に由里奈が答えてくれて、それに俺が答えて。それで満足だった。
由里奈が死んだときに、
『もっといろいろな事を喋りたかった』
そう思ってた俺は、これがチャンスとばかりに色んな事を話した。
友達の話、学校の話、野球観戦の話、部活の話、趣味の話、前に行ったデートの話。
由里奈が生きているときは照れくさくて恥ずかしくて話せなかったようなことや、後は俺のちょっとした秘密なんかもいっぱいしゃべった。
由里奈は、楽しそうに話を返してくれた。
俺は、とてもとても、幸せだった。
――できればこの幸せがいつまでも続くように、そう願っていた――
◇
由里奈との時間は穏やかに流れていき、今日は彼女が死んでから二週間、彼女がラジオに乗り移って(?)から十日目の夜。
僕はいつものように自宅の自分の部屋にてラジオな由里奈と喋っていた。
「……でさぁ、亮ってばさぁ。掃除したばっかりの床に足取られてステーン! って転んじゃったんだぜ?」
「あははははは! りょーちんってばあいかわらずどじだねー。正人の友達ってドジな奴ばっかり!」
「おいおい〜。亮は共通の友達だろーが」
「あー。そうだよね〜。ごめんごめん」
何気ない会話。でもその何気ない会話がすごく楽しかった。
絶えない笑い声。由里奈がラジオの中だけの存在でも俺は十分幸せだった。
そんな風に思っていると、いきなり由里奈がちょっと低めのトーンで変な話題をふっかけてきた。
「ねぇ、まー君はさ、この先どうするの?」
この先? いったいどういう意味なんだろう。
「この先ってなんだよ?」
素直に聞き返してみる俺。
「いや、さ。なんとなく今思ったんだけどね。この先さ。夏休みとか終わったら学校とかさどうするのかなーって」
明るく答える由里奈。でもその明るい声の中に若干不安げなトーンが混じってる。
「そりゃ、学校はさ。行かなきゃいけないけどさ。でも……」
「でも?」
「由里奈がいないから少しつまんないんだろうな」
由里奈の質問に本音で答えてみる。こんなこと、由里奈が生きていたころは言えなかったな。
「んー? 少しなのぉ? 少しだなんて、あたしショックだなぁ」
と、本音で言った俺の返事の『少し』という部分に突っかかってくる由里奈。
「あー。わかったわかった。訂正するってば。ものすごいつまんない!だろうな」
俺はちょっと声を張り上げて訂正してやる。すると由里奈は嬉しそうな声で、
「だよね? だよね〜。んふふふふふ。うれしいなぁ」
と微笑む。とはいっても顔は見えないから推測でしかないがたぶん微笑んでくれているだろう。
その後、ちょっとだけトーンを落として会話を続ける由里奈。
「でも、まー君がつまんないとちょっと悲しいな。私」
「悲しいって言われても……」
返答に困る俺。どう答えればよいのかが浮かんでこない。
そこで沈黙してしまってる俺に由里奈が声をかける。
「だったらさぁ。新しい彼女作っちゃう?」
明るい声でそうきっぱり言い放つ由里奈。
……これは冗談なのだろうか。それとも……、由里奈はたまに突拍子も無い事をいきなり言い放つ。それは生きているときと同じだった。
でも、今の俺にはやはり由里奈以外の選択肢は、無い。
「ばーか。俺には由里奈しかいねぇよ」
と、普通に言い放つ俺。よく考えるとだいぶ恥ずかしい台詞だな。でも、本音だし。
「えー。何でよー。あたしより可愛い子もいるじゃんかー。めぐちゃんとか、りんちゃんとかー」
と、自分の友人を薦めてくる由里奈。俺の思いが伝わってないのだろうかと少し悲しくなる。
「だめだめ。俺にはお前しかないって言ってんだろ?」
ちょっと強めに言ってみる。
「えー。だから何でよ……。あたし死んでるんだよ? もう生きている人間として、まー君のそばにいることは出来ないんだよ?」
しかし、なおもそう俺の返答に疑問をぶつける由里奈。
俺は俺の思いが伝わらないのが悲しくて、寂しくて、こう言い放ってしまった。
「だから! 俺はお前を愛してんの! お前が死んでもそれは変わらないの!」
それは、俺の純粋な気持ちだった。これからも変わらない、俺の、思い。
「……んふふ」
そんな俺の思いを聞いた由里奈が返してきた返答は、小さな含み笑い。そして言葉を続ける。
「んふふー。まー君は気付いてるのかなー?」
……相変わらず突拍子も無い返答をしてくる由里奈。
「気付いてるって、何が?」
「あのね、あのね」
「何?」
「まー君ね。あたしに『愛してる』って言ってくれたの、これが初めてなんだよ?」
あっけらかんとした口調でそう答える由里奈。
……。俺はそう言われて自分のこれまでの行動を思い返してみた。えーっと……、
「え、そうだったっけ? 確かに言った記憶は……無いんだが……」
俺は少し混乱しながらそう由里奈に答える。
「んふふー。そうだよー。これで初めて。うん……うん」
かみ締めるように『うん』を繰り返す由里奈。そして、ちょっと真剣な声で、話しかけてきた。
「んっとね、実はね。あたし生きてる時、かなり不安だったんだ」
「不安?」
「んっとね。まー君照れ屋さんだから。そういうこと今まで言ってくれたことなかったじゃない。いつもあたしが『愛してる?』って聞いても、『そんな事言えるかよ!』って感じで」
「ま、まぁ、確かに……な」
確かに由里奈が生きていたときにそういう事を聞かれた事が何回かあった。でも、俺はそのときはなんだが恥ずかしくって、明言するのを避けてきた。
「あのね、確かに、まー君の気持ちとかは伝わってたから、あたしの事を愛してくれてるってのは分かってた」
「そう、か」
俺はなんとなく照れくさくてそれだけしか返答できなかった。しかし、由里奈は強い口調で会話を進める。
「でもね、女の子って気持ちだけじゃだめなんだよ? やっぱしね、言葉で表してくれないと、どうしても不安になっちゃうの。『この人はあたしの事、本当に好きなのかな? 好きでいてくれてるのかな?』って、不安で不安でどうしようもなくなっちゃうのよ?」
そうなのか。確かに、俺は言葉で明言する事を避けてきた。でもそれは、いつの間にか由里奈を不安がらせていたんだな。
「ずっとずっと、その言葉待ってたんだからね? あたし」
「そうか……、ごめん。でも、さっきははっきり言ったろ? それじゃ許してくれないのか?」
由里奈に聞いてみる。すると由里奈は意地悪そうな声で、
「んー。あれだけじゃ足りないんだよね〜」
と、答える。足りない? って事は?
「と、言うわけで、まー君にはこれから今までの分の『愛してる』を全部言ってもらっちゃいます〜。パチパチ」
「……へ?」
「はい、という訳で『愛してる』プリーズ♪」
プ、プリーズと来たか……しょうがない。覚悟を決める俺。
「愛してる」
……改めて言うと恥ずかしいなやっぱり。でもこれで由里奈が喜んでくれるならそれでいいか。
「はい。もっと強く」
「愛してる」
「もっと強く」
「愛してる!」
「もっともっと強く!」
「愛してる!」
「もっともっともっと!」
「愛してる!!」
だんだん声を大きくさせられる俺。かなり恥ずかしい。その後も何回か『愛してる』を言わされた。
「よし、オッケイ! ご苦労様でした」
満足そうにそう答える由里奈。俺は息を切らせながら、
「や、やっと終わった・・・。ゼェゼェ。これで俺の気持ち伝わったろ?」
「んふふー。大満足♪ 胸のつかえ全部取れた感じ」
嬉しそうに答える由里奈。
「ねぇ、まー君」
「ん、何?」
「あのさ、新しい恋人出来たら、その子には『愛してる』ってちゃんと言ってあげてね?」
俺にお願いするようにそう話す由里奈。
「ば、ばかっ! 俺にはお前だけだって言ってるだろうが」
「んふふー。ありがとう。あたしも愛してるよっ」
「ば、ばかっ! 何言ってるんだよ……」
「んふふー。『愛してる』って言われると嬉しいでしょ?」
やはり意地悪そうにそう答える由里奈。でも確かにそうだ、なにか胸の中があったかくなるのを感じる。
「そ、そうだな」
「うんうん。だから新しい彼女にはいっぱい言ってあげてね?」
「お前、何言ってるんだよ? なんかへんだぞ、今日の由里奈」
今日の由里奈は分からない。突拍子もない事を言ったかと思えば、新しい彼女だの、何だの……。
「変じゃないよ。って言うかラジオが喋ってる時点で変だけどね」
「まぁ、それはそうなんだが……」
結局、由里奈の勢いに押し切られてしまった。
「さ、それじゃぁ夜も遅いし寝ちゃおうよ? 電気消しちゃおー!」
「お、おう・・・。それじゃ」
と言うと、俺は電気を消して、「またね」と彼女に声をかける。
「うん。今日は……ありがとね。それじゃ、バイバ〜イ♪」
由里奈はそう答えた。
◇
幸せな時間っていつまでも続かないことは分かってる。
だって、いつまでも続いたら、それは『幸せ』じゃなくて『日常』になってしまうだろ?
だから幸せっていつまでも続かない。続かないからこそ『幸せ』って思えるんだと思う。
だから幸せって終わりが来るんだ。
でも、こんなに唐突すぎなくてもいいじゃないか。
二度も唐突過ぎなくてもいいじゃないか。
◇
二度目の別れも突然だった。
次の日、俺はいつものようにラジオに声をかける。
しかし、いつもの声がラジオから聞こえてこない。
俺はその瞬間嫌な予感にさいなわれて、あせり始める。
そして、とりあえず電池を変えようと電池ボックスを開けるのだが、
「電池は……、無い!?」
そうなのだ。電池が元から入っていなかったのだ。
つまり電力の無い状態で動いていたラジオ。
即座に乾電池を入れてみる。音を発するラジオ。
しかし、それはラジオ番組を流すと言う本来の役割を果たしているだけで、由里奈の声は一切でてこない。
「ど、ど、どういう事なんだ……」
俺は混乱しながらも状況を整理しようと試みる。
しかし、俺の頭に浮かんでしまったのは彼女の言葉ばかりで、
――『あ、でも。言われてみれば確かに一個だけ心残りはあるかな。それが叶えば成仏できるかも?』――
い、嫌だ。
――『まー君ね。あたしに『愛してる』って言ってくれたの、これが初めてなんだよ?』――
じょ、冗談だろ?
――『んっとね、実はね。あたし生きてる時、かなり不安だったんだ』――
おい、声を聞かせてくれよ! 話しかけてくれよ!
――『ずっとずっと、その言葉待ってたんだからね? あたし』――
俺を……置いていくのか?
――『んふふー。大満足♪ 胸のつかえ全部取れた感じ』――
嘘だって言ってくれよ! 話しかけてくれよ!
――『うんうん。だから新しい彼女にはいっぱい言ってあげてね?』――
俺にはお前だけで、俺には……。
――『うん。今日は……ありがとね。それじゃ、バイバ〜イ♪』
うわ、う、わ、う、わ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
俺の中で彼女の言葉がつながった瞬間、何かがはじけて、彼女が戻ってこないという決定的な何かがはじけて、
俺は叫び狂って、転げまくって、
その後、叫ぶように泣いた。泣いた。涙が止まらなかった、
由里奈は、由里奈はもう、
――俺の元から去っていってしまったのだ。
◇
数日後。俺は由里奈の墓の前に立っていた。
由里奈が突然いなくなった衝撃は大きかったが、やっと墓の前まで来る事が出来た。
由里奈の墓の前に花を置くと、その場でしゃがみ、黙祷をささげる。
「……。天国で、幸せになってくれ、な」
俺は、そうつぶやいた。
そして立ち上がり、後ろを向き、一歩ずつ歩き出す。
一歩、一歩、そしてまた一歩。
そして、十メートルほど離れたところで、言い忘れてた事を思い出し、立ち止まり、墓の方に振り向く。
「由里奈、ありがとう。これだけは最後に言っておく。お前のおかげで、言えるようになった、この言葉を」
俺はそうつぶやくと、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「俺は! お前を!」
そこで、いったん声を止め、ひときわ大きな声で叫ぶ。
「あいしてたぁぁぁぁ!!!」
涙と、悲しみと、願いがこもった、叫び。この想いだけは、これからも変えない。
そして、俺は涙をぬぐうと墓に背を向け、まっすぐ前を向き、ゆっくりと歩き出した。
――由里奈のいない、明日へ向かって。